一週一鉄 -- 491 -- [ゆる鉄]
--- 今日も下りの快特です ---
対向する上りが走るのは
逸見の2つ手前 No.18トンネル
とうぜん、こちらは No.17トンネル
追浜を過ぎるとトンネルが続きます
本線のトンネル、全て複線仕様
(京急本線/安針塚〜逸見)
後編の徘徊コース 観音崎自然博物館 〜 東京湾海上交通センター 〜 走水神社バス停
前編でお話ししましたように “タシロラン” を求めて「観音崎公園」を徘徊してまいりました
大変 勘違いをしており、ひと月近く手遅れだったようです(言い訳です、自粛?し過ぎました)
今回、歩いたのは、前編分 2.52km + 後編分 4.68km 計 7.20km 16,939歩でした
11 「観音崎自然博物館」前です
久しぶりの「ハマボウ」(浜朴・黄槿) 初めて見たのは9年前となります
ハマボウ(浜朴) アオイ科フヨウ属の落葉低木
本州の房総半島から九州にかけて分布し、海岸近くに生える
海外では、韓国の済州島にも分布する 樹高は3メートルから4メートルくらいである
葉は円形ないし心臓形で、互い違いに生える(互生) 葉の質は分厚い
縁には細かなぎざぎざ(鋸歯)があり、先は鋭く尖る
灰白色の毛が、表面には薄く、裏面には濃く生える
開花時期は7月から8月である 花径6センチから10センチくらいの5弁花である
花びらの色は黄色で、つけ根のほうは暗い紅色をしている 5枚の花びらは螺旋状に並ぶ
雄しべはたくさんあり、雌しべの花柱は5つに裂ける
朝開いて夕方には咲き終わる一日花だが、株全体では次々と花をつける
花の後にできる実はさく果(熟すると下部が裂け、種子が散布される果実)である
和名は、浜辺に生える朴の木(ホオノキ)を意味する
属名の Hibiscus はギリシャ語由来で「Hibis(エジプトの女神)」の名からきているとの説があり、大形のゼニアオイ属につけられた名である
(いつもの「花図鑑」さんから....)
ハマボウを見つけると「京樽」の “茶きん鮨” を思い出します 最近 味わっておりませんが...
また「オクラ」の花も目に浮かびます 同じ “アオイ科” です
こちらも見つけました 右の画像が “雌花” 先日 紹介した、大船フラワーセンターのものです
ソテツ(蘇鉄)ソテツ科ソテツ属の常緑低木 の “雄花”
ここが「たたら浜」 昭和29年、初代ゴジラがこの浜辺に姿を現わしました 海を謳歌するのは 2グループ
楽しまれております Stand Up Paddleboard(スタンドアップパドルボード)と云うようです
12 「観音崎自然博物館」背後のプライベートビーチ? 無人です
波打ち際に立つ戦時中の遺構が見えます ググってみると...
観音崎の先端にある遺構は昭和12~3年頃に旧軍が建造したもので、「検潮所」という潮の干満を調査する機械が設置されていたらしいが、現在はまったく使用されていないとのこと
別の情報 これは戦争中に潜水艦の監視用の水中聴音所、当時、この場所では東京湾に入り込んでくる敵の潜水艦のスクリュウーの音を拾っていたんですね
遺構の西側 120mの陸地には、昭和63年(1988年)7月に起きた...
潜水艦「なだしお」・遊漁船「第一富士丸」の衝突事故の慰霊碑があります(付近一帯は、通常立入禁止です)
前回もアップした「ハマユウ」 “みうらはんと” 西海岸の佐島の天神島に自生するのが有名です
我が家の近く “レイディアント横濱” に植栽されるヤツも、なかなか立派に見えます
「横須賀観光」さんのHPには...
天神島と笠島および周辺の海域(約54ha)は、夏に開花する南方系海浜植物ハマオモト(ハマユウ)の分布の北限地であり、景勝地でもあることから神奈川県の天然記念物及び名勝に指定されています
散策していると頭の上に “エモノを狙うトンビ ” が... 食べ物は、何も持ち合わせておりません
13 歩いてきた道を折り返します (“タシロラン” 情報は、入手致しました)
正面が「観音崎砲台・北門第二砲台跡」 右に通行不可の “トンネル” があります
前編09地点の奥に入口があるトンネルの反対側
トンネル「落盤の怖れがあるため関係者以外立入禁止」(この “トンネル” の記載が無い地図も見られます)
「砲台跡」: 東京湾要塞HPさんが、詳しく案内されております
観音崎第二砲台 明治14年起工、明治17年竣工、大正14年除籍、24㎝カノン6門砲台
第一砲台とともに日本最古の砲台です。砲座は6基ありましたが、残念ながら右側の3基しか残っていません
(東京湾要塞建設の嚆矢である観音崎第一、第二砲台の着工(1880年)から、今年(2020年)で140年を迎えます)
1番南側に位置する砲台跡
隣りには「地下弾薬庫」があります
砲台跡3基を通り過ぎて、振り返りました(砲台跡は、左側にあたります)
14 前回見上げた「東京湾海上交通センター」 遠隔操作設備、人気は感じられません
左で競合?するのは、docomoのアンテナ塔
タシロラン探索のために坂道を下りていくとオレンジ色が二株
キツネノカミソリ(狐の剃刀)ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草
15 さらに下っていきました「観音崎海岸」が見える場所まで... 上り返しました
16 稜線にあたる道に戻りました こちらは「災害復旧中通行止め」です
17 「戦没船員の碑」 ここには “大浦堡塁” がありました 痕跡はあまり無いようです
18 ここらで、少し「ブラタモリ」 “池子層” と “逗子層”
19 なぜか... ここは「めがね橋」 ネットにこんな記述がありました
高さ20mに架かる “めがね橋” の下は、切り通し(切り開いた道)になっています この切り通しは、明治時代に軍の資材運搬道路として開かれ、軍の施設に入らないようにするためにマムシを放したそうです 現在は、植物が繁茂しシダの仲間が多く見られます
20 「うみの子とりで」の広場 奥には、鴨居の住宅地が見えます
ここにも、ハマボウが1本植えられておりました
21 トーテムポールの様な石塔が5本並んでおります “花の広場” 入口です
22 この時間、北東側、浦賀水道の靄はだいぶ薄れました 第一海堡の色が分かるようになりました
23 この辺りは “ふれあいの森” この南側一帯は「防衛大学校」の管理地
24 グチャグチャの山道は終わりました 舗装された道に出てきました
25 閉じられた門が二つも... 防衛大学の裏門? 人の気配は全くありません
26 走水神社の脇に到着 この右が神社となります
目の前を大きなタンカー?が出港していきます
前を横切るのは 国道16号 Wiki.によると、来るとき下車した横須賀美術館バス停付近から浦賀水道を渡っております
地理院地図では「横須賀走水簡易郵便局」付近まで、国道16号の赤ラインとなっております(赤丸地点が終点)
27 神社お参りは、また今度 すぐに、バス車中となりました
なが〜い徘徊にお付き合いありがとうございます タシロランは、来年 リベンジです
本日も“トボトボ進行”にご訪問ありがとうございます
対向する上りが走るのは
逸見の2つ手前 No.18トンネル
とうぜん、こちらは No.17トンネル
追浜を過ぎるとトンネルが続きます
本線のトンネル、全て複線仕様
(京急本線/安針塚〜逸見)
後編の徘徊コース 観音崎自然博物館 〜 東京湾海上交通センター 〜 走水神社バス停
前編でお話ししましたように “タシロラン” を求めて「観音崎公園」を徘徊してまいりました
大変 勘違いをしており、ひと月近く手遅れだったようです(言い訳です、自粛?し過ぎました)
今回、歩いたのは、前編分 2.52km + 後編分 4.68km 計 7.20km 16,939歩でした
11 「観音崎自然博物館」前です
久しぶりの「ハマボウ」(浜朴・黄槿) 初めて見たのは9年前となります
ハマボウ(浜朴) アオイ科フヨウ属の落葉低木
本州の房総半島から九州にかけて分布し、海岸近くに生える
海外では、韓国の済州島にも分布する 樹高は3メートルから4メートルくらいである
葉は円形ないし心臓形で、互い違いに生える(互生) 葉の質は分厚い
縁には細かなぎざぎざ(鋸歯)があり、先は鋭く尖る
灰白色の毛が、表面には薄く、裏面には濃く生える
開花時期は7月から8月である 花径6センチから10センチくらいの5弁花である
花びらの色は黄色で、つけ根のほうは暗い紅色をしている 5枚の花びらは螺旋状に並ぶ
雄しべはたくさんあり、雌しべの花柱は5つに裂ける
朝開いて夕方には咲き終わる一日花だが、株全体では次々と花をつける
花の後にできる実はさく果(熟すると下部が裂け、種子が散布される果実)である
和名は、浜辺に生える朴の木(ホオノキ)を意味する
属名の Hibiscus はギリシャ語由来で「Hibis(エジプトの女神)」の名からきているとの説があり、大形のゼニアオイ属につけられた名である
(いつもの「花図鑑」さんから....)
ハマボウを見つけると「京樽」の “茶きん鮨” を思い出します 最近 味わっておりませんが...
また「オクラ」の花も目に浮かびます 同じ “アオイ科” です
こちらも見つけました 右の画像が “雌花” 先日 紹介した、大船フラワーセンターのものです
ソテツ(蘇鉄)ソテツ科ソテツ属の常緑低木 の “雄花”
ここが「たたら浜」 昭和29年、初代ゴジラがこの浜辺に姿を現わしました 海を謳歌するのは 2グループ
楽しまれております Stand Up Paddleboard(スタンドアップパドルボード)と云うようです
12 「観音崎自然博物館」背後のプライベートビーチ? 無人です
波打ち際に立つ戦時中の遺構が見えます ググってみると...
観音崎の先端にある遺構は昭和12~3年頃に旧軍が建造したもので、「検潮所」という潮の干満を調査する機械が設置されていたらしいが、現在はまったく使用されていないとのこと
別の情報 これは戦争中に潜水艦の監視用の水中聴音所、当時、この場所では東京湾に入り込んでくる敵の潜水艦のスクリュウーの音を拾っていたんですね
遺構の西側 120mの陸地には、昭和63年(1988年)7月に起きた...
潜水艦「なだしお」・遊漁船「第一富士丸」の衝突事故の慰霊碑があります(付近一帯は、通常立入禁止です)
前回もアップした「ハマユウ」 “みうらはんと” 西海岸の佐島の天神島に自生するのが有名です
我が家の近く “レイディアント横濱” に植栽されるヤツも、なかなか立派に見えます
「横須賀観光」さんのHPには...
天神島と笠島および周辺の海域(約54ha)は、夏に開花する南方系海浜植物ハマオモト(ハマユウ)の分布の北限地であり、景勝地でもあることから神奈川県の天然記念物及び名勝に指定されています
散策していると頭の上に “エモノを狙うトンビ ” が... 食べ物は、何も持ち合わせておりません
13 歩いてきた道を折り返します (“タシロラン” 情報は、入手致しました)
正面が「観音崎砲台・北門第二砲台跡」 右に通行不可の “トンネル” があります
前編09地点の奥に入口があるトンネルの反対側
トンネル「落盤の怖れがあるため関係者以外立入禁止」(この “トンネル” の記載が無い地図も見られます)
「砲台跡」: 東京湾要塞HPさんが、詳しく案内されております
観音崎第二砲台 明治14年起工、明治17年竣工、大正14年除籍、24㎝カノン6門砲台
第一砲台とともに日本最古の砲台です。砲座は6基ありましたが、残念ながら右側の3基しか残っていません
(東京湾要塞建設の嚆矢である観音崎第一、第二砲台の着工(1880年)から、今年(2020年)で140年を迎えます)
1番南側に位置する砲台跡
隣りには「地下弾薬庫」があります
砲台跡3基を通り過ぎて、振り返りました(砲台跡は、左側にあたります)
14 前回見上げた「東京湾海上交通センター」 遠隔操作設備、人気は感じられません
左で競合?するのは、docomoのアンテナ塔
タシロラン探索のために坂道を下りていくとオレンジ色が二株
キツネノカミソリ(狐の剃刀)ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草
15 さらに下っていきました「観音崎海岸」が見える場所まで... 上り返しました
16 稜線にあたる道に戻りました こちらは「災害復旧中通行止め」です
17 「戦没船員の碑」 ここには “大浦堡塁” がありました 痕跡はあまり無いようです
18 ここらで、少し「ブラタモリ」 “池子層” と “逗子層”
19 なぜか... ここは「めがね橋」 ネットにこんな記述がありました
高さ20mに架かる “めがね橋” の下は、切り通し(切り開いた道)になっています この切り通しは、明治時代に軍の資材運搬道路として開かれ、軍の施設に入らないようにするためにマムシを放したそうです 現在は、植物が繁茂しシダの仲間が多く見られます
20 「うみの子とりで」の広場 奥には、鴨居の住宅地が見えます
ここにも、ハマボウが1本植えられておりました
21 トーテムポールの様な石塔が5本並んでおります “花の広場” 入口です
22 この時間、北東側、浦賀水道の靄はだいぶ薄れました 第一海堡の色が分かるようになりました
23 この辺りは “ふれあいの森” この南側一帯は「防衛大学校」の管理地
24 グチャグチャの山道は終わりました 舗装された道に出てきました
25 閉じられた門が二つも... 防衛大学の裏門? 人の気配は全くありません
26 走水神社の脇に到着 この右が神社となります
目の前を大きなタンカー?が出港していきます
前を横切るのは 国道16号 Wiki.によると、来るとき下車した横須賀美術館バス停付近から浦賀水道を渡っております
地理院地図では「横須賀走水簡易郵便局」付近まで、国道16号の赤ラインとなっております(赤丸地点が終点)
27 神社お参りは、また今度 すぐに、バス車中となりました
なが〜い徘徊にお付き合いありがとうございます タシロランは、来年 リベンジです
本日も“トボトボ進行”にご訪問ありがとうございます