侍従川に架かる橋 [散歩]
横浜金沢区を流れる侍従川・諏訪の橋 おおむかしは、木橋でした
モノクロの旧画像は、いまから、およそ100年前の1911年(明治44年)撮影
下の画像は、2018年(平成30年)撮影
(同アングルになると思います)
金沢区のHPに「金澤写真アルバム」と云う、コンテンツがあります
平成27年6月に「金澤写真アルバム」募集の記者発表がありました(担当は、金沢区地域振興課)
そのなかに、自宅近くを北から南に斜めに流れる侍従川に架かる「橋」の画像を数枚発見
むかしといまの状況を見比べてみようと思い、侍従川をトボトボレポートしてきました
(次回は、他に気がついた おもしろそうな場所のレポートをしたいと思います)
イオン金沢八景店前の宮川を写した裏焼き画像も、この「写真アルバム」に収録されています
旧版画像の撮影年は「金澤写真アルバム」の注記から転記しています
六浦を流れる侍従川、中流域の地図 (今日は、距離およそ800mにある10本の橋を紹介します)
01 大道東橋 02 泥牛橋 03 加寿美橋 04 六浦二号橋(神奈川県道23号原宿六ツ浦線)05 諏訪の橋
06 侍従橋(神奈川県道205号金沢逗子線)07 高橋 08 汐見橋 09 京急逗子線 10 新川橋
(これらの橋で、往復2車線の道幅が確保されているのは「六浦二号橋」「侍従橋」「大道東橋」の3橋)
はじめに、上記「諏訪の橋」より上流にある橋、三つの現在の姿を紹介
01 我が家から下りていったところにある、大道東橋 橋の下は、コイの住処です
大道東橋の下流側には、横浜市の河川水位観測設備(侍従川 六浦2号) これからのシーズン、大活躍かも...
ある日の観測データ(潮の満干が、普通に記録されています)
02 この小さな橋(自転車まで通行 ok)は、泥牛橋と云うそうです(泥牛庵と関係あるのかしら....)
03 この橋は、加寿美橋(私設の橋のようです)
ここから、旧い画像との比較をはじめます
04 諏訪の橋から六浦二号橋(神奈川県道23号原宿六ツ浦線)を見る 1963年(昭和38年)撮影
Wiki.には、こんなことが書かれています
原宿六ツ浦線の六ツ浦は正式名称ではない 正式には六浦である 「ろくうら」と誤認識されないように、わざと表記している
【現在の同アングル】 原宿六ツ浦線(環状4号)いまは大動脈なのです(右が国道16号方面)
【現在の様子】 六浦二号橋から見た諏訪の橋(右奥に「ヨークマート 六浦店」があります)
諏訪の橋のたもと こんな鋲が打たれています 河口から1.8kmと云うことでしょうか?
Wiki.には、侍従川の長さは、1.96kmと書かれています ダメです 4kmは、あるでしょうネ
05 諏訪の橋 を下流側右岸から見ています 1963年(昭和38年)撮影
【現在の同アングル】 ちょうど、大道小学校の下校時間となります
上流側右岸から見た侍従橋(神奈川県道205号金沢逗子線)
【2019年(平成31年)2月】 (2019年2月20日の追記です)
右岸に見える緑の中に埋もれる お屋敷が更地となり、県道奥の「CREATE」が見えるようになりました
更地となったあと、「ヨークマート六浦店」の駐車場として整備されております
06 侍従橋から見た上流方面 (右奥に、諏訪の橋近くの茅葺き屋根が見えます) 1963年(昭和38年)撮影
川崎にあった、我が家の茅葺き屋根が取壊されたのは、1960年(昭和35年)夏でした
【現在の同アングル】 今日は水が多い 満潮の時間に近いのかも....(今日は、長潮 満潮 12時04分)
【2019年(平成31年)2月】 (2019年2月20日の追記です)
更地となり「ヨークマート」の建屋が見えるようになりました これから何が生まれるのでしょう
侍従橋から見た高橋(たかはし) 右の建物は、クリエイト金沢六浦店です
高橋から見た侍従橋 1963年(昭和38年)撮影
【現在の同アングル】 高橋の欄干は、石製から鉄製?に変わっています
07 下流側左岸から見た高橋 1963年(昭和38年)撮影
【現在の同アングル】
高橋から次の汐見橋の間、右岸から支流が流れ込みます
その支流の奥にある三艘橋(さんぞうはし) この辺りの旧地名は、三艘と云います
08 汐見橋から見た上流方面 小さな木製?の橋です 1963年(昭和38年)撮影
【現在の同アングル】 欄干は、アルミ製かしら?
下流側左岸から見た汐見橋 (自転車、50cc は通行 ok)
汐見橋から見た京急逗子線のガーダー橋
09 京急逗子線から見た汐見橋 上り線側、3線軌条となっています 1963年(昭和38年)撮影
【現在の同アングル】 もちろん、今は線路に上がることは、できません
アッ、今日は、線路に上がっている人がたくさんおられました ご苦労様です
本線では、青い電車が信号待ちしています
10 下流側右岸から見た京急逗子線 京急のシンボル、初代1000形かと.... 1984年(昭和59年)撮影
【現在の同アングル?】 侍従川は、二級河川です(新川橋の袂です) こちらは1000形(2代)1800番台に見えます
上流側左岸(京急逗子線の袂?)から見た新川橋
Google Earth で上空から見ています(高度 90m)
20210323 追記 Twitterのなかで、こんな “地図” にたどり着きました
「全国Q地図・全国橋梁マップ」さんから拝借
2年半前に紹介した「六浦の旧版地図」です 地図で、橋の歴史を追ってみます
侍従川には、諏訪の橋と高橋の2本のみが架けられています(あと支流の三艘橋が大きく確認できます)
この時代、山奥?朝夷奈に向かう道は、諏訪の橋がメインだったことが分かります
「澤金」 明治27年測図 同36年第1回修正 同41年製版 軍事機密
諏訪の橋より立派な?侍従橋が架かりました(現 ヨークマート横の交差点が一番立派に見えます)
「澤金」 明治27年測図 大正10年第2回修正測図 大正15年9月25日発行 軍事機密
環状4号の六浦二号橋が架かりました、これで諏訪の橋の使命は、終了で〜す
新川橋、さらに大道東橋より上流に長島橋(長島家専用?なのです)も架かりました
もちろん、京急本線、逗子線の鉄橋も架かりました(六浦中学校は、まだアリマセンね)
「金沢」 明治28年測量 昭和25年第3回修正測量 昭和29年3月25日印刷 昭和29年3月30日発行
2019.09.22 追記しました
昭和22年8月30日発行の地図と現在の国土地理院との比較 「今昔マップ on the web」さんより)
位置確認のために、侍従川を渡る “京急逗子線” のガーター橋に、青丸印を付けました
本日も“トボトボ進行”にご訪問ありがとうございます